【妙見信仰と河内一心講】
日蓮宗には妙見大菩薩を奉安する寺院が多いんです。これは祖師(日蓮大聖人)が妙見大菩薩との関わりを示す話が多いことによるとされています。日蓮宗の檀越で中世において現在の千葉県一帯を領有していた千葉氏も妙見信仰に篤い一族として知られていますね。妙見大菩薩は北辰尊星妙見大菩薩と呼ばれ、千葉一門が興した「北辰一刀流」も妙見信仰から名付けられたものなんです。また葛飾北斎も妙見信仰が篤く、その名もやはり北辰から取ったものだといわれているんですよ。
関西には妙見大菩薩を祀る社寺が多く存在します。能勢妙見は日蓮宗真如寺の奥の院なんです。社寺と表現しましたが、妙見宮として神社で有名なのは交野市妙見宮でしょうか。明治初頭の廃仏毀釈運動の中で、菩薩として奉安できず神社に形態を変えたものも多いようです。
さて、妙政寺の母体となったのは「河内一心講」だといわれています。しかし、「河内一心講」の実体はよく分かっていないんですよね。ただ分かるのは、当時の加納村(現川田地区を含む)には少なくとも5か寺あって、浄土真宗4か寺・融通念仏宗1か寺という念仏王国であり、そういう土壌に妙見信仰を介した法華信仰集団である「一心講」が幕末に存在し、この地に妙見堂を建立したということなんです。